Back to the future [D2.日本史・世界史・近未来]
「Back to the future」で未来に来たのが今日で「2015年10月22日」だそうです。凄いですね、あの時から30年たったわけです。私が28歳の時でした。
あの時は、私はクエートにいました。やっとPCが登場した時でしたね。しかしネットにも繋がっていなくて、フロッピーディスクにデータ入れてた時代でした。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』で描かれた2015年と現実世界をズバリ比較! ってなサイトもありました。
実現している事もあり、面白いですね。当時は、映画だし夢の世界だと思っていました。しかし、スマホの世界は想像だにしませんでしたね。
ということは、今から30年後は、今、想像でいないことが起こっているということで、大変興味深いですね。
教養としての日本経済史 [D2.日本史・世界史・近未来]
400年の流れが2時間でざっとつかめる 教養としての日本経済史
- 作者: 竹中平蔵
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/中経出版
- 発売日: 2015/08/18
- メディア: 単行本
→「川を上れ」とは歴史をさかのぼって見識を深めよ、「海を渡れ」とは海外に目を向けて視野を広げよという事。たとえば、川を上ってみれば、豊臣秀吉が1582年から始めた太閤検地が戸籍制度の始まりで、そこから納税という社会の基礎が築かれ、今のマイナンバーに発展したという「制度の成り立ち」に思い至ります。海を渡れば、多くの国で同様の制度が採用されており、マイナンバー制が特別なものでも、個人を必要以上に管理するような性質のものでもないと知ることができます。
?愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。→一度の成功体験のみを拠り所とすることなど。
?日本のエリートは世界的に見ると非常に低学歴です。日本の官僚は博士号をとっている人は少ない。
第2章「繰り返される経済危機と新産業の誕生・奇跡の1920年代」
第3章「あの頃は今よりも豊かだったか・戦後復興から高度成長へ」
第4章「東京オリンピックがもたらしたもの・高度成長の時代へ」
第5章「ジャパン・アズ・ナンバーワン?・ニクソンショックと石油危機」
第6章「音楽が止まるまで、ダンスはやめられない・レーガノミクスからバブル、そしてバブル崩壊」
第7章「バブル後のまだらな四半世紀・改革と政権交代とアベノミクス」
戦後70年談話 [D2.日本史・世界史・近未来]
今日、安倍総理が「戦後70年談話」を発表しました。最近は、集団的自衛権など、政治的転換期にあるような気がします。特に、集団的自衛権などは、高校生などもデモに参加したり、国民の関心も広まっています。
こういう状況を観察すると、いくつか疑問がわいてきます。
1)政治的な話の場合、国益を重視した話になると「右翼」という人が多くいるし、マスコミは特にそういう感じがします。こういう話で、マスコミが「その通り」と言うのは産経以外あまり聞いたことはありません。選挙で選ばれた与党が出す法案を、マスコミがこぞって反対の立場の意見を多く載せるのは、民主主義に反して偏っているのではないでしょうか。また、政治に関して、政府のやり方を容認するには浅はかで、辛辣に批判する方が、思慮深いというような風潮もあるような気がします。
2)隣国には悪い事をしたから、謝罪を続けるべきである。アメリカ依存は良くない。戦争を放棄したからこの70年間、戦死者が一人もいない。という事をよく言われるのですが、経済大国の日本は、世界の平和のために、(日本人の)犠牲を払っても尽くすべきだとは決して言わないですよね。イスラム国などの問題にたいする日本の使命などは誰も論議しません。アメリカ人の若い軍人が、イラクなどで戦死しているのを「いい」とか「悪い」とか言わないのは、私には「狡い」としか見えないのですが。
結局、戦争に負けた後、「もう戦争はやらない」という憲法をアメリカから押し付けられ、それを受け入れた後、「これはいい」ということになり、国防を米国に預け、経済へ注力しました。所謂「安全ただのり論」です。経済的に大国になった後は、イラクのクエート侵攻の時も、平和憲法なので、「人は送れないが、金は送る」ということで、世界から非難を浴びましたが、日本人は、自衛隊を軍事活動のために派遣しなくてよかったと思いました。全ての分野で世界のトップ水準でありながら、こと世界紛争の時には、戦後間もない小国のふりをしたり、唯一の被爆国の事を言ったり、多額のお金を出したりして、自国民だけは犠牲を出させたくないという態度を取り続けるのは、いかがなものかなと思います。
また、安倍政権は、右翼で、戦前と同じ過ちを犯し、戦争を始めるかもしれないので、皆で集団的自衛権とかに反対します。そして、日本が軍隊とか持つと他国と戦争とか始めて、昔のように世界に大迷惑をかけるから、今の世界紛争に日本が前に入っていくことはしません。せいぜい後方支援にとどめます。世界各国もインスラム国のような他国に軍事介入しなければ世界は平和になるよと言う理論は世界で通用するのでしょうか。
2004年、日本のタンカーが中東で、テロ攻撃を受けました。日本のタンカーは無事でしたが、多国籍軍の軍艦のアメリカの海軍兵士二人と、沿岸警備隊の一人が戦死したといいます。日本は法的な制約から、ペルシャ湾の「戦闘海域」に海上自衛隊の艦船を出せません。
日本は、70年間、一人も戦死者を出さず、一人も他国の人を殺さなかったと声高々に言いますが、このアメリカ海軍兵士の家族には、何て言うのでしょうか。
「グローバル人材」になれとよく言いますが、こういう事では日本人はなれないですよね。
逝きし世の面影 (ゆきしよのおもかげ) [D2.日本史・世界史・近未来]
- 作者: 渡辺 京二
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2005/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- .
- .
- フィリピンに行くと何時も思うのが、「この国は、相変わらず貧しいけど、何で皆、何時も笑っていて幸せそうにしているんだろう」と言うことです。
- .
内容(「BOOK」データベースより)
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1930年、京都市生まれ。日本近代史家。書評紙編集者などを経て、河合塾福岡校講師。
日本人の平均寿命、最高を更新 [D2.日本史・世界史・近未来]
また、日本人の平均寿命が伸びました。そして、女性は世界一です。小国を除くと男性も実質世界一ですね。下記の予想グラフのように、女性の平均寿命は2055年に90歳を超えます。同じ速度で伸びると2100年には95歳を超えることになります。
父は88歳で亡くなりました。母は今87歳ですが、まだ元気です。親戚の叔父さん、叔母さんの歳を考慮しても、平均寿命以上に生きている人のほうが多く感じます。ということは、2055年頃には、100歳の方がたくさんいるようになると思われます。所謂、「超高齢化社会」です。
60歳、70歳代は、もはや「高齢者」とは呼ばれなくなるのでしょうし、少子高齢化社会では、皆、「現役」として労働市場に存在するのでしょう。現在、65歳まで企業で働けるようになってきました。早晩、70歳までになるでしょう。その後も人手不足により80歳まで雇う企業も出てくるのでしょう。ということは60年くらい働く人々が多数、存在しだすということです。
かたや、企業は、若手にポジションをバトンタッチするために、50歳以降、「役職定年制」を設ける企業が増えています。そういう人たちは、ある企業で30年くらい働いたのち、次の30年を同じ企業ではなく、違う企業で働くようになるということです。職種転換して、違う職種で働く人も増えるでしょう、その方が、過去の経験もプラスになり、より付加価値を付けることができそうです。まあ、労働の流動性が海外の国のように高まり、「役職定年制」そのものがなくなる可能性が大きいですね。
2014年の日本人の平均寿命は女性86.83歳、男性80.50歳で、ともに過去最高を更新したことが30日、厚生労働省の調査で分かった。女性は3年連続世界一、男性は前年の4位から3位になり、世界有数の長寿国であることを改めて示した。14年生まれの女性の半数近くは90歳の卒寿を迎えると試算した。
厚労省は「がんや心臓病、肺炎、脳卒中などによる死亡率が改善したことが要因」と分析。医療技術の進歩や健康志向の高まりに伴って「今後も平均寿命は延びる余地がある」(同省担当者)としている。
日本人の平均寿命は戦後、ほぼ一貫して延びており、女性は1984年に、男性は13年に初めて80歳を突破した。14年は13年と比べて、女性が0.22歳、男性は0.29歳延びた。男女差は6.33歳となり、03年の6.97歳をピークに緩やかに縮まってきている。
主な国・地域と比べると、女性は香港の86.75歳をわずかに上回り、3年連続で長寿世界一となった。男性は香港の81.17歳、アイスランドの80.8歳(13年)に続き、スイス、シンガポールと並ぶ3位だった。
厚労省の試算では、14年生まれの子供で、75歳まで生きる人の割合は女性が87.3%で、男性は74.1%。90歳では女性48.3%、男性24.2%になるという。
14年生まれが将来、がん、心臓病、脳卒中のいずれかで死亡する確率は女性47.80%、男性52.20%。仮にこれらの病気で亡くなる人がいなくなれば、平均寿命が女性は6.02歳、男性は7.28歳延びると推定した。
厚労省は平均寿命とは別に、健康上の問題で日常生活が制限されない期間を示す「健康寿命」も算出している。13年は女性が74.21歳、男性が71.19歳だった。
世界の人口、2100年に100億人超 国連予測、日本は8300万人に落ち込み [D2.日本史・世界史・近未来]
欧州やアジア、中南米を中心に高齢化が急速に進み、世界の60歳以上の人口は50年までに2倍、2100年までに3倍に膨らむという。世界の平均寿命は10~15年に70.5歳だが95~2100年には83.2歳に延びる見通し。日本は83.3歳から93.7歳になるという。
結婚しない人々 [D2.日本史・世界史・近未来]
今日の日経の記事です。
女性の社会進出に伴って、結婚しない女性が増えたと思っていましたら、男性も増えています。50歳まで結婚しない人の割合を示す生涯未婚率は、1980年には男女とも5%未満だったのですが2010年には男性が20%、女性が10%を超えており、なんと男性のほうが倍近く多いのだそうです。
今は、いろいろと便利になって「家事」と「仕事」を分業する必要がなくなってきたのが大きいのでしょうね。その他の理由としては、「一人で気ままに生きていきたい」というのと「収入が増えず結婚できない」というのが多いのかと思いました。
ただ「離婚」も増えているのですよね。
ちなみに「初婚率」は段々あがっています。
米高校の日本歴史教育 [D2.日本史・世界史・近未来]
産経新聞2015年1月8日記事
「南京大虐殺」「慰安婦」…誤った史実ひとり歩き 米高校で試験にも 日本人生徒「英語でも反論を」
という記事が出ていました。
日本政府って、何故、こういう問題にきちんと対応していないのでしょうか。米国でのこういう教育には中国が裏でかなり影響を与えているのは周知のことでもあるそうです。
2014年の年末にアンジェリーナ・ジョリー監督、日本軍による捕虜虐待描く小説を映画化「UNBROKEN」という映画が封切りになりました。
ハリウッド映画って、ヒットすると思うような話しか映画化しませんが、こういう話がアメリカ受けすると思っているのでしょうか。中国の「反日映画」のようなものなのでしょうか。
と憤慨して、いろいろ調べましたが、どうもそういう映画でもなさそうらしいので、映画を観てからコメントしたいなと思います。
北朝鮮が激怒したという「the Interview」もそれほどシリアスでもない、すごーくカルイ映画のように感じました。だから騒ぐまでもないと。
Unbroken: An Extraordinary True Story of Courage and Survival
- 作者: Laura Hillenbrand
- 出版社/メーカー: Fourth Estate
- 発売日: 2012/02/01
- メディア: ペーパーバック
近未来予測 [D2.日本史・世界史・近未来]
日経新聞に近未来技術予測が出ていました。15年後、私が72歳の時に、がん、インフルエンザ予防薬ができるそうで、その5年後の77歳の時に、若返りの薬が開発されるそうです。と言うことは、簡単には死ねなくなるということですね。
就職前線異状なし [D2.日本史・世界史・近未来]
1986年から1992年までが「バブル経済」と言われた時期です。そうとう日本は景気が良かったようですね。というのも私は、その頃は、海外に駐在している時期でした。ある意味、知らなくて良かったかもしれません。相当浮かれていたようです。私はすぐに調子に乗るタイプですから。
大企業は、この頃、凄い勢いで新入社員を大量採用しました。特にマスコミは相当人気だったようですね。ミーハー的な臭いがします。そして、おかげで、中小企業は、この頃全然採用できなかったそうです。
皮肉にも、この後、日本経済は、低迷を彷徨い続け、それは今でも続いています。大量採用した企業は、バブル後採用を大幅に縮小させます。つまり、彼らの後輩はずっと入ってこなくなったわけですね。
今、彼らは、40代後半です。
毛沢東の私生活 [D2.日本史・世界史・近未来]
毛沢東の主治医を22年間もやった人物が書いた毛沢東伝記です。素直に面白かったです。よく「革命家は革命が達成された後は用無しになる」と言われます。つまり、革命を起こすのと、革命後、国を作るのと能力が違うということなのです。
毛沢東がこの本の通りの人物であるなら、彼もこのジレンマにまさにはまっています。彼は、農民の代表であり、労働者の代表です。偉くなってもそのスタンスは変えません。そして、過去から学ぼうと歴史書をいつも読む勉強家でもありました。しかし、国を豊かにするための経済や科学にはとんと無知で、それを専門家に学ぶまたは任せることはしませんでした。
そして、悪名高い「大躍進」や「文化大革命」をやって、民を大量に飢えさせ中国を20年は後退させた張本人になってしまいました。
それは、資本主義や共産主義という政治形態のためではなく、一人の人間に権力が集中し、そのためにその本人が一番恐怖で怯え、仲間を粛清していくという独裁のジレンマにはまってしまったからです。なので、毛沢東は死ぬまで多量の強い睡眠薬と夜を伴にする若い女性が必要だったようで、ストレスは半端ではなかったみたいです。
毛沢東の四番目の妻の江青もそうとうあくの強い女性だったようで、主席の権力の傘を使って相当好き勝手に政治に絡んだようです。副主席まで粛清されるのは異常ですよね。最終的には、主席亡き後、逮捕され、その後自殺したそうです。権力というのは、使い方を間違えると簡単に人間を狂わせるのですね。
●高齢になっても河で水泳をしていた。
●内戦で中国共産党が勝利をおさめられたのは日本のおかげだと毛沢東は考える。1930年代に日本が中国に侵攻しなかったならば、日本の侵略者に対し共産党と国民党が共闘を組むようなことはなかったろうし、また共産党は脆弱すぎてとうてい権力の奪取などかなわなかっただろう。共産党からすれば、日本の侵略は悪事が善事に変換したのであり、むしろ感謝しなければならないとした。
●台湾が米国に原爆を中国に投下するように望んでも、毛沢東は、中国は核戦争で一千万の人命を失っても困らないと言い張っていた。ソ連は中国を核の傘下に入れたかったので、核開発を中国にさせたくなかったが、毛沢東はソ連の参加なぞに入る気はさらさらなく、原子爆弾を開発しようとしていた。
内容(「BOOK」データベースより)
菊と刀 [D2.日本史・世界史・近未来]
この本は、著者が日本に行ったことがないなど批判も結構あるそうです。しかし、よく分析されているなというのが率直な感想ですし、訳もうまくされていると思いました。「恥」や「義理」に関して、ここまで深く考えたことはなかったですね。
●日本人の人生の曲線はアメリカとは逆の形を描く。日本で最大の自由と我儘が許されるのは、曲線の両端に位置する乳幼児と老人である。子供はある年齢に達するとしつけの仕方を一変させ、急に厳しくなる。あれをしてはいけない、これをしてはいけないとしつけられる。
内容紹介
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1887‐1948。アメリカの文化人類学者。ニューヨーク市生まれ。生後間もなく、はしかのために片耳の聴力を失う。1914年、生化学者のスタンレーと結婚。その後、推理小説や女性活動家の伝記の習作に取り組むが、出版には至らなかった。1921年コロンビア大学の大学院でフランツ・ボアズらから人類学を学ぶ。同大学の非常勤講師を経て、1937年准教授になる。1943年戦時情報局に勤務し、1946年『菊と刀』を出版。死の2カ月前、正教授に任じられた
角田/安正
1958年生まれ。防衛大学校教授。ロシア地域研究専攻。在ロシア日本国大使館専門調査員を経て現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
日本の「復元力」 [D2.日本史・世界史・近未来]
日本の「復元力」―歴史を学ぶことは未来をつくること (MURC BUSINESS SERIES 特別版)
- 作者: 中谷 巌
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2010/05/07
- メディア: 単行本
●ルーツ喪失第一弾【薩長史観】:明治維新の際、薩長両藩は、自分たちの討幕活動を正当化するために、過去否定、すなわち、「江戸幕藩体制の否定」をした。西洋の価値観を取り入れる=文明開化。この時に「西洋が先進国、日本は後進国」というコンセプトが産まれた。
●ルーツ喪失第二弾【自虐史観】:太平洋戦争終戦後、GHQによる戦争以前の日本の全面的否定、アメリカンデモクラシーの導入。「大東亜戦争は軍事力においてアメリカが強く、日本が弱いから負けたというのではなく、戦前日本の軍国主義という道徳的に邪悪な思想が西洋流の民主主義という正義の前に敗れ去った」「道徳的に間違っていた」という考えを植え付けた。
●江戸時代は、「支配階級による非支配階級の搾取」という人類の歴史上普遍的な現象が起こらなかった時代であり、富は各階級にうまく配分され、庶民文化が花咲いた。識字率も世界最高クラス。武士は食わねど高楊枝」。安心・安全な庶民生活。
●寺子屋:庶民が武士をの先生を呼んで作った。1万から2万か所。コンビニは4万店、人口は今の四分の一なので、コンビの数感覚と同じ。
●江戸時代がこれほど平和で文化的に栄えていたので、明治維新後、急激な近代化が達成できた。
●何故、江戸時代が庶民文化だったのかは、武家社会だったからである。平安時代の貴族社会は、手を何も汚さない貴族が支配する社会で、搾取社会えあるが、武士は、もともと農民出身で、実務家集団であるわけである。
●日本民族は異民族に征服された歴史がない。
●明治の近代化が、今までの日本の伝統や文化を捻じ曲げる形で進められたので、そのギャップに悩む文化人は多かった。夏目漱石、森鴎外、内村鑑三などである。特に内村は、アメリカに留学し、そこで会った敬虔なクリスチャンがあまりにも功利的であることを知り、ショックを受けた。彼は道徳観のある日本人のほうが、よりキリスト教的であろうと考えた。
●明治、終戦の時に、価値観の変更を余儀なくされ、免疫機能を失い、外部の文化や価値観を吟味することなく受け入れるように日本人はなってしまった。
●たとえば、日本人は、伝統的に「性善説」を支持していたので、細かいルールを決めなくても秩序は保たれたが、外部の「性悪説」の考え方が輸入され、受け入れたので、様々なルールが決められ、それを守るようにされた。しかし、それは、それ以外の事は守らなくていいという厄介を生み出した。
●ギリシャ・ローマ人が築き上げたヘレニズム文明を、西洋人はその後それをないがしろにしてしまった。それを引き継いだのが、イスラムで、イスラム文化を作り上げた。そして、西洋からの十字軍が遠征した時に、それを吸収しだした。そしてそれをルネッサンスとして西洋で開花させた。そして西洋は近代化へと世界に先駆けて突き進んでいく。
●現代になって、人は「心の空白」に悩み始めた。近代化の過程で、自然から疎外され、「人間にとって幸せとは何なのか」問われ始めた。アメリカでは、今、4ー5000人が集まる「メガ・チャーチ」というエンタテインメント化した宗教現象がブームを呼んでいる。
●近代合理主義が切り捨ててきた自然への畏敬の念を取り戻し、個人のエゴに抑制をかけ、合理主義精神では理解しがたい非合理で、不条理な世界への理解を深めるといったかなり難易度の高い精神革命が必要とされているのである。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長、一般社団法人「不識庵」理事長・「不識塾」塾長。1942年大阪生まれ。1965年一橋大学経済学部卒業。1973年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。同大学で教鞭をとった後、1984年大阪大学教授、1991年一橋大学教授(~99年)。1993年細川内閣首相諮問機関「経済改革研究会」委員、1998年小渕内閣首相諮問機関「経済戦略会議」議長代理。1999年ソニー取締役(~2005年。03~05年取締役会議長)
皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上・下 [D2.日本史・世界史・近未来]
内容紹介
戦争と人間 [D2.日本史・世界史・近未来]
三部作ですが、一部がそれぞれ三時間と超長編映画です。1970-73年の映画で、その後に大物俳優となる役者が勢ぞろいで出演しています。一番若いのは、吉永小百合で26歳の時ですね。1970年と言えば、大阪万国博覧会の時期です。私もちょうど小学校を卒業し、初めて飛行機に乗って、博覧会を見に行きました。前年の1969年にアポロ11号が月面着陸に成功し、「月の石」を持って帰ってきて、それがアメリカ館で展示されていましたね。
内容は、1928年の張作霖爆殺事件前夜から1939年のノモンハン事件までを背景に、様々の層の人間の生き様から死に様までを描いています。そして、その後の太平洋戦争に至る経緯について丁寧に表現されています。日本の満州侵出、大陸侵出を歴史的検証に基づいて製作されたと言われています。この頃の太平洋戦争史観なのでしょうか、やや一方的に、日本軍に批判的な描写になっており、左翼的な描写となっています。
ただ、映画の中の「満蒙を占領すれば、飢えもなくなり、娘を売らなくてもよくなる」という言葉はせつないです。それぞれが、自己の利益だけを追求すると戦争が起こるという事です。
今、中国やロシアが傍若無人に国際社会で振る舞っているように見えます。こういった行動が戦争に結び付くのではないかと危惧します。しかし、中国とロシアにとっては、まだ国が発展途上であり、貧困から抜け出せていません。
西側先進国が彼らのレベルまで発展するように自分たちの発展を後退させても中国やロシアを援助してくれるのであれば、彼らは傍若無人に振る舞うのをやめ、戦争のリスクもなくなるでしょう。
団塊の秋 [D2.日本史・世界史・近未来]
1976年の「団塊の世代」から37年後の2013年の作品で、2015年から2028年までの未来予測小説です。人口変動は、未来予測の中で一番予想しやすい要因だと思います。そして、戦後のベビーブームで産み出された「団塊の世代」は、「ハイティーン」「ミドル」と名称を変え、確実に日本の歴史の変化の中の中核の世代となりました。今後は、高齢者社会の中の核ともなります。
●古来日本は女性の力の強い国、日本の女性の地位が低いというのは江戸時代の武士社会しか見ていないから。
内容紹介
日本人とは何か。―神話の世界から近代まで、その行動原理を探る (NON SELECT)
- 作者: 山本 七平
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2006/07
- メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
日本人はなぜ、明治維新を成功させることができ、スムーズに近代化ができたのか。また戦後はなぜ、奇蹟の経済復興を遂げ、民主主義をも抵抗なく受け入れることが出来たのか―そんな素朴な疑問に答えるべく、著者は、神代から幕末までの日本人の意識と行動をたどっていくことで、その秘密を解き明かそうとする。その試みは奇しくも、著者が長年にわたって独自に築き上げてきた「日本学」の集大成の観を呈するにいたった。著者他界の二年前に上下二巻で刊行された名著を、今回一巻にまとめて再刊。
団塊の世代 [D2.日本史・世界史・近未来]
平成三十年(上)(下) [D2.日本史・世界史・近未来]
今から10年前に書かれた著者得意の「未来小説」です。携帯端末や高齢化の予測はかなり当たっていますね。しかし、著者の歴史から物事を論理的に学び取る手法はさすがだなと思います。歴史というのは、そういうふうに学ばないといけないということですね。
最近、内閣人事局というものができ、官邸主導で審議官以上600人の人事が行われるようになりました(女性局長4人誕生)。今までは、官僚のいいなりで、各省の利益を追求した人が出世するようになっており、省庁間の交流を妨げ、縦割り組織になっていました。この小説では、平成三十年になってやっと、官邸主導になりましたが、現実は四年早かったわけですが恐ろしい精度の予測ですね。
●政府行政機関は人体に例えれば胃腸です。手足のように目に見えた働きはしないが、人間が生きる上では最も大切なもののひとつです。胃腸が健全な時には、あることさえ気が付かない。胃腸の存在を意識するのは、痛むかむかつくか、具合の悪い時。政府行政機関もそうで、国民にあることさえ意識されないときこそ、健全である。
●2014年は、平成26年、昭和89年、大正103年、明治147年。
●日米開戦の時に、当時の高齢者の大半が陽気な高揚感を持ってこのニュースを聞いた。1930年代の老人は、老人であるが故に備えた経験と知恵を発揮しなかった、つまり老人の枠割を果たさなかった。なぜなら、若者に好かれようとして、自分のしたいことより好かれることを、自分の好みより、子供達の世代に評判いいことをやろうとした。
●そのために自分たちの作った概念と組織と制度を時代遅れになってきているのを知っているのに
立派なものだと言い続けた。戦争中は、本当は早く無事に帰ってきてほしいのに、お国のために手柄をたてよと言っていた。
●高齢者は、年金生活者ゆえにインフレとモノ不足を恐れる。
●がしかし、高齢者は、一番社会のしがらみがいので、正論を唱えなければならない。特に近年の高齢者は資産もあり、人数も多く、一昔に比べて絶大なパワーがある。
●今の高齢者は、「金持ち」「知恵もち」「時間もち」である。
内容(「BOOK」データベースより)
日本列島改造論 [D2.日本史・世界史・近未来]
あの時日本列島は改造されたのか? [D2.日本史・世界史・近未来]
私がシンガポールに一度目の赴任していた1990年代前半は、アジア(ASEAN)は高度成長をしている時でした。その中でもタイは凄い勢いでしたね。それを象徴するかのように、超弩級のデパートがガンガン建設され、バンコクの道の渋滞は大変なものでした。その時、タイも後10、20年すれば、先進国の仲間に入るのだろうとなんとなく思ったものです。
あれから20年経ちました。あそこから時間が止まったようです。そこそこ発展しましたが、まだ「そこそこ」です。政権が安定しないんですね、しょっちゅうデモやクーデターの繰り返しです。2011年のタイの大洪水のように、基本的な治水インフラなど整備しなければならないところはまだまだあります。政府は、そういう所を改善しないと、外資は逃げていくかもしれません。ただでさえ不安定な政権は外資にとって大きなマイナス評価です。クーデーターやデモは、観光客を減らします。
このタイの現在の問題を、「中進国の陥るわな」という事で論じた記事がありました。要は、新興国は、農業国家から工業国家へと発展しようとし、まず都会に工業が集中する。そうすると、農業だけの地方と経済格差が大きくなり、農家が政府にたして不満を持つ、それにより、政権が不安定になり、更なる経済発展ができなくなるということです。そしてそれが、今、タイと中国で起こっていると。
日本の場合は、田中角栄が、「日本列島改造論」で、地方に公共投資を行い、金をばらまき、地方も豊かにして、政府に不満を持たせないようにうまくやったということです。
1972年発売の「日本列島改造論」は、親父も買って読んでいました。私も当時15歳で中三だったので読みました。内容は、日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密の問題と公害の問題を同時に解決する、などといった田中の持論が、イタリアやアメリカの例を引いて展開されていましたが、こういう政府の計画を一般に話していいのかと疑問に思いましたが、とにかく景気のいい話でした。「公共投資」という言葉は、景気対策の打ちでの小づちのように言われていました。
60-70年の高度成長期は、地価も上がり、土地を売った農家は土地成金と言われるほどでしたし、農業保護の自民党に守られ、農家は貧農というイメージとはかけ離れ、豊かになりました。当時「ノーキョーさんの海外団体旅行」というのがマスコミで取り上げられるほど景気が良かったと思いますし、近所の農家は皆、立派な家に住んでいた記憶があります。
こうやって、都市と農村の貧富の格差もなく、自民党は特に農家の支持を得て、日本の近代化に専念できたわけですね。農協もそれに一役買いました。
歴史人-戦後史の真実 [D2.日本史・世界史・近未来]
戦争に勝つために昭和15年ころに築きあげた「戦時経済総力戦体制」は「1940年体制」と言われ、戦後も続いて(軍需産業から重化学工業へ)、日本独特の経済活性施策となり、「日本型社会主義」を構築した。
独裁国家を除けば、一つの政党が1955年以来38年間も政権を担当する(55年体制)、しかも10か月の非自民政権(細川・羽田内閣)を除いた2009年までの54年間の超長期政権を樹立できたのは、世界でも日本だけである。これが、日本に「奇跡の復興・発展」をもたらした。
内容紹介
昭和天皇とマッカーサーの会見では何が話されたのか?
日本人の精神を骨抜きにしたGHQの占領政策
その功と罪
日本国憲法はどのようにして作られたのか?
東京裁判の真実
東大講義録 -文明を解く- [D2.日本史・世界史・近未来]
2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する [D2.日本史・世界史・近未来]
シェールガス革命で世界は激変する [D2.日本史・世界史・近未来]
「エネルギー」ってのは、産業の根幹をなすもので、この資源獲得のために今まで戦争が起こっていたと言っても過言ではないでしょう。エネルギーの主役が石炭から石油へ移行し、中東諸国は莫大な富を得ています。しかし、この資源もいずれは枯渇し、主役は石油から原子力そして、太陽光に移行すると言われています。
そんな中、突然、降って湧いたように「シェールガス」なるものが、石油の次のエネルギーとして現れました。しかも、この化石燃料は、後何百年分もあるそうです。この存在は、昔からわかっていたそうですが、これを効率的に抽出する方法が確立されていなかったのが技術革新により確立されたのと、原油価格の高騰によりハードルが下がった事によります。
石油や天然ガスは、中東、アフリカ、ロシアなど、どちらかというと発展途上国で主に産出され、ある意味、「富の分配」的な感じがしていて、公平感はありましたが、シェールガスは、世界各地に分散しているとはいえ、今のところアメリカでのシエールガスが先行しており、2020年に、アメリカは、ガス輸出国に転じるという超ラッキーな立場になりました。これは、現在、既に超大国のアメリカに、更に自然の恵みが与えられるのは、少々、不公平だと感じるのは私だけでしょうか。
しかし、この本によると、このシェールガスを抽出するのは、日本の技術なくしては、実現せず、日本企業も相当の恩恵を受けるそうですが(まあ、これは努力に対する当然の対価ではありますが)。コマツやブリジストンなどの大型トラックの需要は上昇。
とにかく、このシェールガスにより、21世紀もアメリカの超大国の地位は揺らがないと本書は言い切っています。
シェールガス革命は、エネルギーコストの引き下げ、「デフレ」経済を誘発する。このデフレが中国経済を直撃する。そして失業者の増加が、政治不安を起こす。また、中東の産油国の重要度が下がり、欧米のこれらの国への介入もなくなり、「平和」が訪れる。しかし、中東のオイルマネーを一手に集めてきた英国のシティは苦境に陥り、欧州の中心は英国からドイツへ移る。ユーロを握ったドイツは、ユーロ安で輸出は絶好調。日本の技術が欧州に参入できないのは、ドイツがユーロを握っているから。電気自動車(EV)の普及速度は遅れる。そうするとリチウムイオン電池の需要も下がる。シェールガスで走る車は燃費が悪い車でもOKかもしれない(シェール6円、石油10円)、そうすると日本は困る。米国で製造業が復活するかもしれない。航空路線が増え、鉄道ともっと競合するようになる。
メタンハイドレートの実用化が見えれば、日本近海に眠る100年分のこのエネルギーが日本の神風になる。
内容(「BOOK」データベースより)
帰ってきたヒトラー Er Ist Wieder Da (He's Back) [D2.日本史・世界史・近未来]
- 作者: ティムール ヴェルメシュ
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2014/01/21
- メディア: 単行本
久々に面白い小説を読みました。「もしドラ」読んだ時も、著者の視点に驚きましたが、これもそうですね。ヒトラーが現代によみがえったら、現代は彼にとってどう見えるかという事ですよね。感嘆するところと落胆するところが当然あるわけで、それがとても面白いし、考えさせられるポイントでもあります。
今の日本に、坂本竜馬がよみがえったら、今の日本は、彼らが命を賭けて作り上げようとした日本と同じでしょうか。誰か書いてくれませんかね。読んでみたいです。
内容紹介
.
昭和史 [D2.日本史・世界史・近未来]
天皇機関説 てんのうきかんせつ
天皇は神によって政権を与えられているとしたのに対して、天皇機関説では、天皇といえども、その地位は法律によって保証されたものであるのに過ぎないという考え方。国家の中では、天皇もひとつの機能だという意味、つまり「天皇も国の一つの機能」説を、当時は機関と表現した。
国体明徴 こくたいめいちょう
1935年(昭和10年)の天皇機関説事件の中で、美濃部達吉の天皇機関説を排撃することで政治的主導権を握ろうとした立憲政友会・軍部・右翼諸団体が時の岡田内閣に迫って出させた政府声明。天皇機関説が天皇を統治機構の一機関としているのに対し、天皇が統治権の主体であることを明示し、日本が天皇の統治する国家であると宣言した。
八紘一宇 はっこういちう
全世界を一つにまとめて、一家のように和合させること。第二次大戦のとき日本が国家の理念として打ち出し、海外進出を正当化するスローガンとして用いた。▽「八紘」は天地の八方の隅、地の果てまでの意。転じて、全世界の意。「宇」は家の意。
内容(「BOOK」データベースより)
1930年、東京生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。「週刊文春」「文藝春秋」編集長、取締役などを経て作家。『漱石先生ぞな、もし』(正続)で新田次郎文学賞、『昭和史1926-1945』『昭和史 戦後篇』で毎日出版文化賞特別賞を受賞.
メガトレンド 2013-2023 [D2.日本史・世界史・近未来]
日経BP未来研究所の「メガトレンド(全4冊)」を読みました。よく調査されていると思います。ひとつひとつは、目新しい事でもなく、新聞を注意深く読んでいれば、そこに書いてある事柄です。
しかし、それらをまとめ、俯瞰的に見ることが重要なのかなと思います。そうすると、それから未来がなんとなく読めてきます。著者たちは、マズローの欲求段階説を一つのフレームワークにして、人々は未来に何を求めているのか、求めだすのかというアプローチをしていますが、これは非常に妥当だと思います。
素晴らしい未来の構築には、今、何が必要かを考えさせる調査でもあります。
19 books in 2014
日本現代史-未来 [D2.日本史・世界史・近未来]
こう見てくると、19世紀の半ばから、欧米を中心とした、「武力による植民地時代(強者が弱者から搾取)」が50年続き、20世紀になるとそれが、「武力による帝国主義(強者同士の戦い)」となり50年続き、大戦後の20世紀半ばから、「武力を背景にした経済優先資本主義と共産主義の対立時代(米ソ冷戦時代)」がまた50年続き、21世紀は、それが、「(アメリカを中心とする)経済優先資本主義(パックス・アメリカーナ)」に移行し始めているという感じでしょうか。21世紀の前半50年は、この世界の新秩序形成に、どう「中国」が影響を及ぼすのかが、今からの世界史のポイントになるような気がします。
中国は、経済的には、2011年にGDPで日本を抜いて世界第二位になり、2025年頃には、世界一位になるそうです。軍事費も世界二位です。今の時点ではアメリカがダントツ一位なので、軍事費でも世界一位というように、簡単にはならないかもしれませんが、中国の数字の信ぴょう性や人件費は安いので、設備のみだと差は縮小すると思いますし、伸びが異常に高いとも思います。なんとなく、昔の「米ソの冷戦」の構図に似ている気がします。
中国は“海洋強国”という戦略を打ち出し、軍備の増強を図っています。まず中国は、エネルギー資源を輸入する際には、中東からインドの南を通って、マラッカ海峡、南シナ海を抜けて、海上輸送をするのが一般のルートですけれども、このルートをしっかり守りたいというのが1つ。もうひとつは中国がアメリカから万が一、核攻撃を受けた場合、中国は、最終的にアメリカに対して、核の報復攻撃を保障できるのは、原子力潜水艦による核ミサイルの発射です。この潜水艦を運輸できるのが南シナ海しかない、というふうに認識をしているからです。よって、中国は、南シナ海で抱えるASEAN加盟4カ国(ベトナム以外はブルネイ、マレーシア、フィリピン)との領有権紛争をしているわけです。そしてそこには、海底油田もあります。フィリピンのスカーボロー礁領土に関しては、中国がバナナ輸入や中国人観光客出国に制限をかけ、実質的に経済的制裁をしています。
尖閣諸島も含め、南シナ海域で、軍事緊張が高まっているわけですが、アジア諸国は、米国の防衛に頼りたいところです。また、海軍以外にも、サイバー、宇宙軍事も中国は拡大しています。実際2013年12月中旬、中国初の無人月探査機「嫦娥3号」が月面軟着陸に成功しましたし、中国軍は建国100周年に当たる2049年までに月に軍事基地を建設する計画を立てていると報じました。また、最近、勝手に「防空識別圏」なるものも設定し、近隣諸国に緊張を高めています。しかし、米国は、膨大な軍事費支出による財政赤字に悩まされ、オバマ大統領は、国内投資のほうへ注力せざる得ない状況で、海外の防衛支援には消極的にならざるえない状況にあります。よって、日本では、憲法9条を改定して、「集団的自衛権」を行使できるようにしようという動きがあります。しかし、「憲法改正には、衆参両院の三分の二以上の賛成が必要」という96条があります。これだと、ほぼ改正は不可能なので、これれを二分の一にしようと現内閣は言っています。憲法改正は、衆参で可決しても国民投票があるので、国民に審議されます。しかし、この国民投票があるというのを国民があまり知らされていないという事実もあります。
中国にとって米国とのパワーバランスをうまくとりたいというのが、中国の国益でしょう。そのため、少なくともアジアでの親米諸国との関係、特に日米関係は、弱めたいと思うのではないでしょうか。米国での反日プロパガンダは、国内のナショナリズム高揚だけでなく、アメリカに対する離日施策としても行っているのかなと思います。親中路線の韓国の反日活動もうまく使いたいと思っているのはないかなと思います。最近、米国に「慰安婦像」の設置が、韓国系米国人有権者評議会等によって行われていますが、在米中国人の反日団体の世界抗日戦争史実維護連合会が後押ししているらしいです。これらは、2010年代の新しい動きです。これはロビー活動ですね。中韓の反日ロビー活動は増加しています。今は、驚くべきことに、世界各国の中国大使が日本批判論を現地の新聞に投稿したりしています。日本大使も最近は反論し始めたようですが、まだまだ、日本が反日に対して「弱腰」というのもあるかなと思います、もしそうであるなら、それはこういうロビー活動を助長することになると思いますので、きちんと意見を述べるという事は必要だと思います。
中国では、軍部が力をつけてきて、必ずしも政府のコントロール下にはないようです。最近の中国の暴走のような軍事行動は、軍部は勝手にやり、後で政府が追認している形のものもあるようです。よって、日本が危機感を感じ、防衛強化に入るのは、自ら仕掛けたという矛盾をはらむものですが、中国政府にとっては、いいことではないので、第二次大戦持ち出して、反日展開し、防衛力強化を止めさせようという意図だそうです。
20世紀の争いは、資源の獲得競争のようなものでした。
資源国アフリカと中国の関係は、1950年代の台湾問題に端を発します。当時、できたばかりの中華人民共和国と台湾との間で、どちらが国連に認められる正当な国家なのかが、争われていたので、中国は積極的にアフリカと関係を強化しました。ました。今は、中国にとって、成長しつつあるアフリカはレアメタルなどの資源の獲得先として、また、製品の販売先として、さらには国際社会の場で支持してくれる存在として重要となっており、アフリカには、100万人以上の中国人が住んでいます。南アフリカにもチャイナ・タウンのようなものがありました。しかし、中には、労働者も中国から連れてきて、アフリカに金を落とさない「新・植民地主義者」と言う人もいます。
シュールガス革命も新たな動向です。中国や北米には、大量のシュールガスがあり、既に開発が始まっています。これにより、アメリカの石油の中東依存度は低下し、政治的に今ほど中東に関与する重要さが低下します。そうなると、「米国による政治関与→米国でのテロ多発」のような事態が減るのではないかと思います。また、これは、米国と中国の国力を益々増大させるようになるということでもあります。
もう一つの近未来のポイントは「北朝鮮」だと思います。北朝鮮は2,300万人の人口です。今は、三代目の金正恩によって、統治されていますが、他の独裁国家のように、いつかは、民主政権誕生になるのだと思います。韓国は、太陽政策をとって、統一の時に国民が敵意をもたないようにしているそうです。今の時点では、北朝鮮で革命が起こって、凄い量の難民が韓国や中国にこられても困りますので、近隣諸国としては、そのまま核兵器を開発したりしないで、徐々に経済発展して欲しいと思っていると思います。しかし、遅かれ早かれ、軍部によるクーデターはあるでしょう。そしてその後が問題です。「アラブの春」でも独裁政権打倒の後は、うまくいっていません。北朝鮮も、少し時間がかかるでしょう。その時の軍事政権がどのくらい民主的に国を統治できるか、韓国とどのくらい協調できるかですね。これが担保されれば、韓国は、隣に、二千万人の安価な労働資源を手に入れられる訳ですから、中国やその他の国に工場を作らなくても、北朝鮮に作れるわけです。他の国、もちろん日本にとっても、有望な投資国家になります。少なからず、資源としては石炭や鉄鉱石、タングステン他の希少金属をはじめとした鉱物資源が比較的豊富にあります。これがうまくいけば、新政権後、10-15年くらいで、朝鮮統一国家になる可能性も十分あります。韓国(人口5千万人)も少子高齢化なので、国益にかないます。ただ、朝鮮民族としてのナショナリズム高揚のために「反日」が利用される可能性は大いにあります(困)。
韓国の反日と中国とのそれとは、同じではないようです。日本に住んだ経験のある韓国の人が書いた「韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由」と言う本がありますが、それによると、戦時中の日本が「鬼畜米英」と言って軍国少年を教育したように、今の韓国の人は、日本=悪というふうに教育されてしまっているとのことです。そして、メディアや反日マーケティングをする企業などもあり、韓国にいると自然とそういう認識になるそうです。皆、日本にも行ったことがない人も大勢いるわけですから。日本人の事を我々は視野が狭い「島国根性」と言いますが、韓国も北朝鮮とは戦争状態なのである意味「島国」なわけで、その島国しか通用しない考え方があるわけです。そして、韓国の政治家も政権が安定しなくなると「反日」を利用している側面もあるようです。中国の「反日」は、政治的な戦略が感じられますが、韓国のそれは、それこそ感情の問題のように感じます。
日本としては、やはり、日本に来てもらって、日本を理解してもらう努力をしないといけないと思います。今、政府は、外国人観光客を倍増の2000万人にしようとしています。フランスの8000万人から比べたらそれでも大したことはないですが。留学生も3倍の30万人にしようとしています。2020年の東京オリンピックを目安にしていますが、この方向がいいと思いますね。観光客も留学生も大部分は中国、韓国の人だからです。そして、日本国民が現代史をちゃんと勉強して、きちんと議論ができるようにしておくことも重要です。今、グローバル人材とかいう言葉が流行っています。これは、海外にもっと出ていかなくてはと言う論調で語られることが多いですが、海外の人に日本をもっと理解するためにグローバル人材になるということも大いにあると思っています。日本人は海外を知ろうとはしていますが、日本を海外の人に知ってもらおうという努力は足りないのかもしれません。これもある意味「島国根性」なのでしょうか。
人類の歴史には、いつも「力=武力、人種差別意識=国益」が根底にありました。今、世界が国境なきグローバル時代などと言われているのに、一番、賛同しているのは、昔から国を持たなかったイスラエル以外に住んでいる「ユダヤ人」だそうですが、世界は本当に国境なきグローバル時代を迎えるのでしょうか。
さて、20世紀型の資本主義の発展段階をみると、いずれ賃金が低い国へと産業が移っていきます。これはこれで、貧しい国が豊かになっていくのでいい傾向でありますが、世界全体の経済が増大しないと発展はなく、未来は、パイの取り合いになり、第二次世界大戦を引き起こしたブロック経済=保護貿易になって行きます。TPPのようなFTAも、事情によって、破棄できないようにしなければなりませんね。
よって、新しい形の社会を作っていかないといけないと思います。ひとつの参考になるのが、北欧社会です。人口や資源にもそんなに恵まれてなくても、ひとりあたりのGDPは高く、世界有数の企業も生み出しています。そのために、高福祉、女性の活用などは先端をいっていると思いますし、20世紀型の経済発展のようなギラギラさはありません。
日本も、90年以降、十分に内省かする時間があったので、今後は、また高度成長期のような経済発展を模索するのではなく、北欧型のような社会つくりをしていくべきかなと思います。少子高齢化で人口も減るわけですから、軍事・経済大国を目指すことは不可能ですし、資源がない小国でも生きていける世界の模範となる国つくりが必要でしょう。そのためには、インフラ・医療・環境・高齢者ビジネス(介護ロボット等)を中心とし、女性や高齢者などの人的資源を北欧のように、うまく活用していくことなのだろうと思います。「アニメ」というのも一つのキーポイントになりそうです。これは、マズローのピラミッドの頂点を目指すわけですから、国民のコンセンサスはとりやすいとも思いますし、世界が日本に期待する事なのだろうと思います。また、中韓とビジネスなどで競合しないような、Blue Oceanへと舵取りすることが必要です。
日本現代史-戦後 [D2.日本史・世界史・近未来]
1945年、太平洋戦争は終結し、米国、マッカサー総督のGHQが日本を統治しました。東京裁判、憲法改正、財閥解体、教育改正など、ほぼ全ての仕組みを新体制にしました。これにより、日本人の戦前と戦後のイデオロギーの改革を行いました。また、実在するかどうかはわかりませんが、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Program)というGHQの、日本占領管理政策の一環として行われたとされる、戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための施策がとられました。日本人に戦争に対する「自虐史観」が埋め込まれたのは、この施策にあると言われます。この後、労働組合運動などが活発化します。
その後、1951年のサンフランシスコ講和条約により、日本は6年ぶりに、自治を取り戻すことになったわけです。
第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1949年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。
中国では、日本との戦争が終結すると国民党と共産党との対立が激化して再び国共内戦が始まりました。米国からの支援が減った国民党に対して、ソビエト連邦からの支援を受けていた中国共産党が勝利し、1949年に毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言します。内戦に敗れた中国国民党の蒋介石率いる中華民国政府は台湾島に撤退しました。1950年中ソ友好同盟相互援助条約が結ばれ、ソ連の経済援助の下で復興を目指すこととなりました。1950年、チベット侵攻。
1948年に韓国、1949年に北朝鮮が独立しましたが、1950-53年にわたり、両者で「朝鮮戦争」が勃発します。これは、米国対中京・ロシアの代理戦争でもありました。1953年に北緯38度線付近を軍事境界として休戦となり、今もその状態は続いています。
この「朝鮮特需」により、神武景気が起こりました。これが、日本の高度経済成長のはじまりで1954年から1957年続きました。
反共と同時に反日家でもあった李承晩は、今度はポツダム宣言で日本が放棄したとする日本領土について、返還を主張し始めました。大統領就任3日後の1949年、「対馬は350年前に日本に奪取された韓国の領土」と主張し、対馬領有を宣言した。それ以前にも李承晩はアメリカ政府に対し、対馬と竹島を日本領から除外するよう執拗に要求していたが、アメリカは再三にわたって拒絶していました。1952年、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。我が国は、韓国による「李承晩ライン」の設定以降、韓国側が行う竹島の領有権の主張、漁業従事、巡視船に対する射撃、構築物の設置等につき、累次にわたり抗議を積み重ねました。そして、この問題の平和的手段による解決を図るべく、1954年、上書をもって竹島の領有権問題を国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案しましたが、韓国はこの提案を拒否し、現在に至っています。
実際、人が住める環境でもなく、竹島の下に地下資源があるわけでもなく、漁業権があるだけです。
1956年(昭和31年),私が産まれる1年前に、「日ソ共同宣言」「国際連合」加盟などがあり、「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれました。
そして、1958年の岩戸景気、66年のいなざき景気という高度成長期を迎え、64年東京オリンピック(新幹線開通)、70年、万国博覧会、72年札幌オリンピックなどの国際イベントもあり、60年安保締結、65年日韓基本条約、72年沖縄返還、日中共同声明などの外交政策。また、66年は、人口が1億人を超え、68年にGNP世界第2位まで回復しました。70年。
中国は、1958年に「大躍進政策」が始まりましたが、その失敗と天災が重なり、大規模な飢饉が中国を襲い、少なくとも2000万人と言われる餓死者を出し、政策は失敗に終わりました。1964年中国は核実験に成功し、軍事的な自立化に大きな一歩を踏み出しました。一方で1965年にアメリカによる北爆が始まりベトナム戦争が本格化すると、軍事的緊張も高まります。そして、1966年に毛沢東は文化大革命を提唱しました。文化大革命は後期になると国内の権力闘争や内乱状態を引き起こしたが、最終的に文化大革命は1976年の毛沢東死去で終結しました。文化大革命では各地で文化財破壊や大量の殺戮が行われ、その犠牲者の合計数は数百万人とも3億人とも言われています。また学生たちが下放され農村で働くなど、生産現場や教育現場は混乱すると、特に産業育成や高等教育などで長いブランクをもたらしました。しかし、一方では、1971年に国連の常任理事国の地位も得るなど、国際的地位も獲得します。
韓国は、1963年、朴正煕(パク・チョンヒ)は8月に軍を退役して大統領の座に就きます。1965年には、日本との国交を結ぶ(日韓基本条約)。日韓基本条約は日本統治時代を清算するものでなく、僅かばかりの金で国を売るものであるとして、民主化活動家の大学生に市民も加わった韓国民と野党議員たちの激しい抵抗の中、日本との条約締結が強行されました。また、日本国内でも、条約に基づく巨額の資金提供は独裁政権を利するとして反対運動が起こり、大学生を中心に大々的な反対運動が展開されています。その後、アメリカの要請に応じてベトナム戦争への派兵も決定し、大量(31万人)の韓国軍将兵をベトナムへ派遣しました。西ドイツへ炭鉱労働者と看護婦を派遣し、その給与を担保に借款を受けたことに始まり、日韓基本条約の締結により得た資金を不足していたインフラの整備に充てたことや、ベトナム参戦による特需などが「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長に繋がっていきます。教育政策では高等学校を大幅に増設し高等教育機関への進学率をアジア随一のものにさせるなど教育政策にも力を入れ、「開発独裁」を推し進めます。また、彼は、日本で学び、日本軍人でもあったため、「親日派」とも言われています。
尖閣諸島は、1968年の海底調査の結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性があることが指摘され、1971年に中国、台湾が領有権を主張しはじめました。1969年および1970年に国連が行った海洋調査では、推定1,095億バレルという、イラクの埋蔵量に匹敵する大量の石油埋蔵量の可能性が報告された。結果、周辺海域に豊富な天然資源があることがほぼ確実であると判明します。
60年代の爆発的な経済成長の後、イデオロギーの変化が特に若い世代に起こり始めます。1960年代半ばは、ベトナム戦争反対や安保闘争なので、「全学連」と呼ばれる学生運動が活発化しました。1970年以降はそれが打ちゲバといわれるような内部闘争になっていきます。この頃は、若者の価値観の変化が著しく、ヒッピー、長髪、ロック、ドラッグ、サイケ、ジーンズというような新しいカルチャーが出てきます。1970,80年代に、少なからず、中国共産党の影響を受けた日本赤軍は、70年よど号ハイジャック事件、72年テルアビブ空港襲撃事件、72年浅間山荘事件。
その後、1971年に1ドル=360円から、変動相場制度(ニクソン・ショック)への移行。73,79年、オイルショックと経済的に厳しい状況を迎えます。
1982年に中曽根康弘内閣がスタートします。公営事業の民営化が図られ、85年にNTT,JT、87年にJRが発足します。87年からバブル景気(平成景気)で、経済が好転換し始めます。
政治家の汚職も摘発され始めます。1976年ロッキード事件で、総理の犯罪として、田中角栄首相逮捕。88年リクルート事件で、大規模な政治家、官僚の贈収賄が発覚。これにより、1993年、細川内閣成立により55年より38年続いた自民党55年体制崩壊。これは、戦後の「政治的バブル崩壊」と言えるのかもしれません。
また、1991年にソ連が崩壊し、冷戦が終結します。これにより、米国で軍事的に利用されていたインターネットが民間が使っていい技術となってきました。
靖国問題もこの頃から始まります。1979年A級戦犯の合祀が公になってから1985年までの6年4月間、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘が首相就任中に計21回参拝をしているが、1985年8月に中曽根首相が参拝するまでは、非難はされていなかった。1985年の参拝に対しては、それに先立つ同年8月7日の朝日新聞が『靖国問題』を報道すると、一週間後の8月14日、中国政府が史上初めて公式に靖国神社の参拝への非難を表明しました(ちなみに、靖国神社の前身である東京招魂社は、明治天皇の命により、戊辰戦争の戦死者を祀るために1869年(明治2年)に創建された。後に、1853年のアメリカ東インド艦隊の司令官ペリー来航以降の、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀るようになる。1877年の西南戦争後は、日本国を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼・顕彰するための、施設及びシンボルとなっている)。
朝日の行動は、国益に反しますが、なぜこのような行動をとったかと考えるに、多分、戦時中に軍部に逆らえず、右翼的な論調にならざるおえなかったジャーナリズムのアイデンティティの崩壊を経験してしまったため、戦後に、極端に左翼に振れてしまったのかなと思います。そして、労働運動や学生運動などの動きがあり、また、政治の腐敗を訴え、反体制ジャーナリズムで過去の汚点を挽回しようとしたのではないでしょうか。
中国は、この後の民主化の市民の運動をそらし、ナショナリズムを高めるために靖国問題を利用していきます。韓国は、まだ反応しませんでした。
中国では、1978年に鄧小平が政権を握ります。鄧小平は、政治体制は共産党一党独裁を堅持しつつ、資本主義経済導入などの改革開放政策を取り、近代化を進めた(社会主義市場経済、鄧小平理論)。この結果、香港ほか日米欧などの外資の流入が開始され、中国経済は離陸を始めました。この年が現代中国の始まりだったと思います。今から36年前ですね。
そして、1989年には北京で、1980年代の改革開放政策を進めながら失脚していた胡耀邦の死を悼み、民主化を求める学生や市民の百万人規模のデモ(天安門事件)が起きましたが、これは政府により武力鎮圧されました。この民主化運動を契機に、共産党愛国教育が学校で実施され、それに伴い反日教育になったというわけです。1990年代には、江沢民政権のもとで、鄧小平路線に従い、経済の改革開放が進み、特に安い人件費を生かした工場誘致で「世界の工場」と呼ばれるほど経済は急成長します。なお、1997年にイギリスから香港が、1999年にポルトガルからマカオが、それぞれ中華人民共和国に返還され、植民地時代に整備された経済的、法的インフラを引き継ぎ、中華人民共和国の経済の大きな推進役となりました。2001年にBRICsという言葉が出てきて、中国は、新興国の代表となります。
韓国は、1963年から開発独裁をおし進めていた朴正熙大統領に対する反対派が多く、学生運動もおこりました、73年金大中事件、74年朴正煕大統領夫人暗殺、79年大統領暗殺という結末になります。しかし、後年、韓国の発展に最も大きく貢献した韓国歴代大統領ともいわれており、韓国大統領の人気ランキングでは、朴正煕がダントツ1位の75.8%で、2位の金大中(12.9%)に大差をつけています。 彼の娘朴槿恵が大統領になれたのも、朴正煕への国民の回顧が助けになったということです。
1980-88年までは、全 斗煥大統領の政権です。彼は、1981年の演説では、「我々は国を失った民族の恥辱をめぐり、日本の帝国主義を責めるべきではなく、当時の情勢、国内的な団結、国力の弱さなど、我々自らの責任を厳しく自責する姿勢が必要である」と主張してたり、1984年、戦後の韓国元首として初めて日本を訪れ、昭和天皇との晩餐会に臨むなど、日本と向き合う姿勢を強調しました。1988年のソウルオリンピック開催を目指していた韓国ですが、北朝鮮との関係はこれにより悪化し、1983年、北朝鮮の工作員による全斗煥を狙ったラングーン爆弾テロ事件が発生したり1987年には北朝鮮の工作員金賢姫らによる大韓航空機爆破事件が起き、南北関係は緊迫度を増します。この逮捕された北朝鮮の工作員の発言により、拉致された日本人が北朝鮮にいるということが、公にされました。このころは、まだ民主化とはいえず、反政府デモなどもありましたが、厳しく取り締まります。1988年、不正蓄財などで、死刑判決を受け失脚(金大中の計らいにより、減刑の後、特赦)。
1988-93年の盧 泰愚(ノ・テウ)大統領の時代は、高まる民主化の要求に対し、「民主化宣言」をしました。外交面では共産圏との関係改善に乗り出し、1990年にソ連、1992年に中華人民共和国と国交を樹立。また1991年には北朝鮮との同時国連加盟を実現させている。退任後の1995年に政治資金隠匿が発覚。さらに粛軍クーデター・光州事件も追及され軍刑法違反として懲役刑を受け、1997年に特赦されました。韓国も60年代後半から70年代前半の「漢江の奇跡」を経て、民主化というイデオロギーの変革の時代だったのだろうと思います。
いわゆる「従軍慰安婦」問題は、吉田清治という人物が1983年に済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』という本を出版し、講演活動などをします。これをきっかけに元慰安婦と名乗る女性も現れたり、1991年より朝日新聞も報道します。朝日新聞による「従軍慰安婦」報道は韓国でも伝えられ、反日感情が高まり、慰安婦問題は日韓の政治問題となっていきました(その後、1996年に吉田は「本に真実を書いても何の利益もない」と事実と創作を混ぜて書いたと述べました)。1992年より、日本政府も対応を迫られ、1993年、宮沢改造内閣は慰安婦調査の結果「いわゆる従軍慰安婦問題について」を発表しました。ここでも強制連行を示す資料は存在しなかったと明記されましたが、同日、政府調査発表の際に、河野洋平官房長官が「河野談話」を発表。河野談話では「日本政府が強制したということは認めたわけではない」が、日本軍の要請を受けた業者によって女性が意志に反して集められ、慰安婦の募集について「官憲等が直接これに加担したこともあった」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」として、「日常生活に強制性が見られた」と解釈し、反省とお詫びの意を示した。その後、河野談話が国内外から出される対日非難決議の根拠とされることもあり、河野談話の評価については議論が分かれています。
1997年のアジア通貨危機で韓国も大打撃を受けます。98年金大中政権は引き続きIMFの介入を全面的に受け入れた上で、経済改革に着手した。IT産業奨励やビッグディール政策(財閥間の事業交換、統廃合)をもって経済建て直しを図ります。危機を脱した韓国は内外から「IT先進国」と呼ばれるようになり、サムスン電子や現代自動車の世界市場での地位を高めます。しかし、急激な産業構造の転換は貧富の格差の増大なども招きました。2001年から、韓国は「靖国参拝」を非難しはじめます。これもナショナリズムを高める施策でしょうか。また、1997年のアジア通貨危機によって韓国経済が破綻すると、韓国は官民を挙げて韓国ドラマや映画などコンテンツの輸出を推進し、韓国政府も積極的にコンテンツ産業振興策を支援しました。日本でも2003年から「冬のソナタ」のヨン様が人気となり、その後の韓国ドラマ、K-POPと「韓流ブーム」が起こり、日本における韓国の好感度は上がりました。
日本では、1990年にバブルが崩壊し、いわゆる「失われた20年」が始まります。89年、「平成」スタート。
経済的には、95年阪神・淡路大震災,オウム真理教地下鉄サリン事件、97年アジア通貨危機、2001年ITバブル崩壊、2005年より人口減の方向に、2008年世界金融危機(リーマンショック),2011年東北大震災・福島第一原発事故などの経済には、マイナスの出来事が起こりました。ポジティブなところでは、95年Windows95発売、98年長野オリンピック、2002年ワールドカップを韓国と共同開催、そして、2013年東京オリンピック2020年開催決定です。 政治的には、91年、ソ連崩壊、これにより、東西冷戦に終止符が打たれ、新たな世界秩序に移行します。自民党が、左翼寄りに日和った時期もあり、保守と野党との区別があまりつかなくなり、民主党政権が誕生した時期でもあります(2009-2012年)。
この「失われれた20年」は、何だったのかという事ですが、「戦争」「戦後の猛烈な働き」「集団就職」「大規模な汚職・不正」「受験戦争」「スポーツ根性論」「民主化運動」など非常に外に向けたエネルギー放出時代から、「ネット文化」「おたく文化」「ボランティア」「草食系」という内省的な時代へと移行した時代ではなかったのかなと思います。
マズローの欲求説の下から上に上がっていったということでしょうか。物質的なものから精神的なものを求めだしたということですね。実際、日本人の質が、この20年は非常に高くなったような気がします。
2005年、盧武鉉(ノムヒョン)大統領は三一節の演説で日本に植民地支配への明確な謝罪と反省、賠償を要求し、ついに対日強硬政策へと舵を大きく切り直しました。盧武鉉がこのような強固な反日政策をしたのは、韓国社会の主流が日本統治時代に生まれた日本語世代から戦後から日韓国交正常化までに激しい反日教育を受けたハングル世代へと入れかわったため、としている。大の日本嫌いであった初代大統領の李承晩は反日教育を行ったが、朴正煕、金泳三と金大中達はそれ以前の日本統治時代の生まれで対日感情は悪くなかった。大統領は、贈収賄疑惑で自殺。2012年李 明博(イ・ミョンバク)大統領は、独島(竹島)に上陸し韓国領であると改めて発言し、初めて独島に上陸します。そして天皇陛下謝罪発言が飛び出し、急速に反韓感情が日本で高まり、10年続いた「韓流ブーム」は終了しました。2013年2月に、朴 槿惠(パク・クネ)大統領になり、親中・反日路線を突き進んでいます。
戦後約70年の日本は、50-60年代の「高度経済成長」、70年代「イデオロギー革命(民主化)」、80年代「民営化、政治腐敗問題、バブル経済」、90年以降「失われた20年」という経緯をたどりました。韓国は、日本の80年代(20年前)、そして中国は、日本の60年代(40年前)のような経過をたどっているように見えます。
永遠の0 [D2.日本史・世界史・近未来]
「永遠の0」は350万部も売れたそうです。最近は、日本の再発見のような気持ちが、日本人の心の間に起きださしているような気がします。
政治的には、
「戦後自虐史→日韓の反日の加速→何か歴史認識が違うのではないかという気持ちの芽生え」 と
経済的には、
「バブル崩壊→失われた20年→アニメなどによる日本ブーム(モテ期)→震災時の日本力の発見→アベノミクス→日本は頑張れるのじゃないかという自信の復活の兆し」
という流れを感じます。
内容紹介
「大東亜戦争」を戦い抜いた日本人は、かくも美しく強靭であった。
第一章 戦争は単なる悪なのか――映画『永遠の0【ゼロ】』が照らし出す亀裂
第二章 「戦後日本」の美しき神話――映画『風立ちぬ』のアンビバレント
第三章 偽りと不信の日米関係――縮図としての映画『終戦のエンペラー』
第四章 「戦後」からの決別――小説『永遠の0【ゼロ】』の奇跡
第五章 特別攻撃隊とは何だったのか
5 books in 2014