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就職前線異状なし [D2.日本史・世界史・近未来]

  1986年から1992年までが「バブル経済」と言われた時期です。そうとう日本は景気が良かったようですね。というのも私は、その頃は、海外に駐在している時期でした。ある意味、知らなくて良かったかもしれません。相当浮かれていたようです。私はすぐに調子に乗るタイプですから。

  大企業は、この頃、凄い勢いで新入社員を大量採用しました。特にマスコミは相当人気だったようですね。ミーハー的な臭いがします。そして、おかげで、中小企業は、この頃全然採用できなかったそうです。

  皮肉にも、この後、日本経済は、低迷を彷徨い続け、それは今でも続いています。大量採用した企業は、バブル後採用を大幅に縮小させます。つまり、彼らの後輩はずっと入ってこなくなったわけですね。

  今、彼らは、40代後半です。





チキンラーメンと女性の社会進出 [D4 食品業界]

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  チキンラーメンの発売は私が一歳の時の1958年です。その頃の日本は、1950年の朝鮮戦争特需により1953年後半ごろには第二次世界大戦前の水準に経済は復興し、1955年から1973年の高度経済成長期の間は年平均10%以上の経済成長を達成する、いわゆる「高度成長期」と言われた時代でした(1956年に「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれました)。

  特に1964年には、「東京オリンピック」が開催され、「ALWAYS三丁目の夕日」のように「明日は今日よりよくなる」というのを実感したのを覚えています。私が小学校二年の頃です。

  私が小学校に上がったたので、私の母は、化粧品のセールスの仕事を始めました。土曜などは、給食がなく午前中で家に帰ってくると、お湯の入ったポットとチキンラーメンとどんぶりが食卓に置いてありました。これで、小学校の低学年生でも昼食が一人で調理できるというわけです。

  チキンラーメンは、高度成長期の女性の社会進出にずいぶん貢献したことになります。

   家の鍵を持って学校から帰る児童を「鍵っ子」と呼んでいました。私もそうだったのですが、流行語になるくらいたくさんの母親が社会進出した時期でもあったわけです。



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